048.ドライブ





「うわぁ、気持ちイイ〜ッ! ね、景吾!」
真っ赤なポルシェ(ボクスター96年モノ)の後部座席に座り、全身で風を受けながらそう叫ぶ周。
「そうだな」
そんな周の横に座り、潮風と遊んでいる周の髪に指を絡ませていたオレは、楽しさからか嬉しさ
からか眼をキラキラと輝かせながら極上の笑みを浮かべている周にそう相槌を打つ。


6月に入り、ジトジトとした憂鬱な梅雨に入ったのはつい最近のこと。
しかし、今日は梅雨の中休みとでもいうのか、空は広大な蒼を惜しみなく晒していた。
こんなに天気が回復するとは思っていなかったオレ達は、せっかくの休みに予定も入れておらず
いつものように周の部屋でまったりとした時間を過ごしていた。



「クスクス・・・周助ったら。少しはしゃぎすぎよ」
「だって姉さん、楽しいんだから仕方ないでしょ?」



そんなオレ達を見つけた由美姉が、オレ達をドライブに誘ったのは小1時間ほど前。
"せっかく天気いいんだし、出かけないと損よ"
そう言って、半ば強引にオレ達を後部座席に押し込めるとそのまま車を走らせた。


「景くんも、外に出てよかったでしょ?」
クスクスと笑いながら、ルームミラー越しにオレを見る。
「そうだな、たまにはいいかもな。」
"風も気持ちイイし"
少し顔を上に向け、目を閉じる。


高気圧と低気圧がぶつかり生まれた少し磯の香りがする風は、雨の名残と海の傍という事も
あって少し冷たかったが、太陽の容赦ない照りつけによりそれはとても心地よいものと
なっていた。


「ホント、景くんは何しても似合うわね・・」
少し感嘆したようにそう呟く由美姉。
「うん、景吾は何してもカッコいいんだよ!」
そんな由美姉の言葉に自慢気に応える周。
「あらヤダ。周助にノロけられちゃった」
茶化すようにそう言う由美姉の言葉にオレもぷっと吹き出した。
「なっ・・・景吾まで笑うことないじゃないか!」
「あははっ・・悪いわるい」
そう言いながらもまだ笑っているオレに周はむぅっとむくれてみせる。
「ほら、周。機嫌なおせよ」
ぷんっとまるで子供のように顔をそむける周。
つんつんと頬をつついてみるが反応はない。
「周、こっちむけって」
「ヤ」
"ヤじゃねぇだろ"
そう言って周のあごを持ちこちらに向かせる。
オレの方をみた周の顔は・・・


―――笑ってやがる。


「あははっ、びっくりした?」
首を傾げ、下から覗き込むようにして聞いてくる。
その表情は実に楽しそうだった。
「てめっ・・・謀りやがったなっ!」
がしっと周の首に腕を巻きつかせぐりぐりと拳を頭にこすりつける。
「イタイよ景吾〜ッ!」
そういいながらも楽しそうな周。
由美姉もハンドルを握りながら笑っている。


そうこうしているうちに車は目的地である湘南の海についた。
車をとめ、オレ達は砂浜へと降り立つ。
「うわぁ〜・・いい風!」
海から潮の匂いを運ぶ風と戯れながら、周は裸足になってさっさと海の方へ掛けていった。


「・・・それで?」
そんな周を見送ってから、オレは由美姉に声をかけた。
「オレになんか話、あるんだろ?」
横目でちらりと由美姉を見やる。
由美姉は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐにいつもの微笑みに戻る。
「・・・さすが景くん。気付いてたの?」
「ったりめーだろ。多分、アイツも気付いてるよ」
"だからさっさと一人でむこういったんだろ"
くいっと顎で周の方を指す。
すると、由美姉は呆れたようにため息をはいた。
「・・・余計な気遣い、させちゃったかしら」
"周助あのこに"
すっと眼を細め、慈しむような眼差しで周を見やる由美姉。
「大丈夫、アイツだってちゃんと理解わかってるだろーよ」
ふっと、鼻で笑ってやると由美姉は観念したように口を開いた。

「ねぇ、景くん。どうして周助なの?」
「・・・」

由美姉の口から飛び出した言葉にオレは一瞬反応することが出来なかった。
「あっ、誤解しないでね。私、別に2人のことを反対しているわけじゃないから。
ただ、景くん程の人なら男女を問わず選びたい放題でしょ?」
"なのに、なんで周助なの?"
今までの穏やかな表情は姿を隠し、真剣な眼差しでオレを見やる由美姉。
その眼は、オレが怯むほどの威圧がこめられていた。
弟を心配する姉の愛情が。
そして、大切な弟を誑かした男への疑惑が。
突き刺さるような眼差しに、オレはごくっと生唾を飲み込んだ。


「・・・オレは、周が好きだ。」
由美姉の眼差しに負けないように、オレもまっすぐに由美姉を見据える。
「“他の誰か”なんていらない。周が・・・周助がいいんだ」
「じゃあ、質問を変えるわ。周助のどこが好きなの?」
まるで尋問のような問いかけ。
相変わらずその眼はまっすぐにオレを見据えている。


"ここで引くわけにはいかない。"


そう、思った。
これは由美姉からの挑戦なんだ。
本当に周助を愛しているなら答えて見せろ、と。
射るような眼差しがそう告げている。


「どこか・・・なんてわからない。"綺麗だから"とか"かわいいから"とかじゃない。
あいつの強さも弱さも。わがままな所も寂しがりやな所も、泣き虫でそのくせ意地っ張りな所も。
全部ひっくるめて周助なんだ。」


オレの答えに、静かに耳を傾ける由美姉。


「オレは周が好きだ。愛してる。他の誰かに周の変わりなんて出来ない。
オレの心が、身体が・・・魂が求めてるのはあいつなんだ。あいつ以外なんてイラナイ、欲しくない。
オレは・・・オレには周助じゃないと駄目なんだ」


まっすぐに由美姉を見据え、はっきりとそう言った。
瞬間、オレを捕らえていた射るような眼差しは優しい慈しむようなそれへと変わった。
「・・・合格よ、景くん」
にっこりと微笑みながらそういうと、由美姉はぽんぽんっとオレの頭を撫でた。
とたん、オレは体中の力が抜けその場に座り込んだ。
「その眼は怖ぇんだよ、由美姉・・・」
はぁ。とため息を吐きながらそう言うオレに、由美姉はクスクスと笑いを漏らした。
「でも、最後までちゃんと私の眼を見て答えれたじゃない」
"途中でもし眼をそらしてたら私の勝ちだったのに"
オレと同じようにその場にしゃがみこみ、オレの顔を覗きながらそう言う。
「はぁ・・・今のでオレの寿命縮んだぜ、きっと」
クックッと笑いながらそう言うと、由美姉はまたオレの頭を撫でた。
「絶対、周助を悲しませないでよ?」
"もし泣かせたりしたら・・・"


そこまで言って、由美姉はすっと立ち上がった。
「由美姉?」
「その時は・・・容赦しないわよ?」
「・・・ッ!!」


逆光で由美姉の表情はみえなかったけれど、その声には殺気が織り交ぜてあった。


「さて、景くんと遊ぶのはこの辺にしておこうかしら」
声を弾ませながらそう言うと、由美姉はくるっと踵を返し周の方へと歩を進めた。


「周助、何してるの〜ッ?」
パタパタと周の元へ駆け寄っていく由美姉の後姿を見ながら、オレは絶対由美姉だけは敵に
回すまいと心に誓った。





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