058.イジワル





他の誰でもない、貴女だから。
僕は・・・僕たちは。
貴女にだけは、祝福されたいんだ。


僕と景吾は今日、由美子姉さんに連れられて湘南の海へと遊びに来ている。
というのも、この間梅雨に入ったばかりだからどうせ今日もずっと雨だろうとせっかくの休みに
なにも予定をいれていなかった。
しかし今日だけはなぜか梅雨空が晴れ、空は一面綺麗な蒼で染まっている。
そんな天気の中、することもなく部屋でまったりごろごろしていた僕らを見かねて、姉さんが
車を出してくれた。



しかし、姉さんは車内でもルームミラー越しにチラチラと景吾を見て、何か言いた気に口を
開いては閉じていた。
僕も景吾もそんな姉さんの不可解な行動に気付いていた。
だから、車を降りてすぐ僕は2人の傍を離れ海へと入った。
浜辺では姉さんと景吾が何か話をしているようだった。
2人はしっかりとお互いを見つめ、傍目には愛し合ったカップルのように見える。
現に、そんな2人の様子を回りの人もチラチラと伺っているようだった。
嫌でも人の眼を引く2人だから。
回りも稀に見る美男美女カップルの真剣な眼差しに、何かあるのかと少し期待しているようだ。


しかし、僕には理解わかる。
2人がぎりぎりの賭けをしていることが。
先に眼を逸らしたほうが負けとなる賭け。
しかし、景吾が少し辛そうな表情を浮かべていることから、形勢は姉さんの方にあるらしい。
もっとも、あの由美子姉さんに口で勝てる人なんて今まで見たことないんだけど。


「なんの話してるのかな・・・」
聞きたいけど、僕は賭けあそこに入ってはいけない。
そんな気がする。


ふう、っと溜息をつくと僕は浜辺に上がり腰を降ろした。
2人が今、すごく真剣な話をしてるのは分かるけど。


「・・・僕をほったらかしにしないでよね・・・」
呟くようにそう言う。
しかし、その言葉は2人の耳に入ることはなく海からの湿った風にかき消された。


しばらくぼんやりと海を見つめていた僕だけど、さすがに暇になったので砂で城を作ることにした。



―――昔、よく裕太とこうして遊んだなぁ。



少し、昔を懐かしみながら砂の城を築いていく。


「何してるの?」
あと少しで完成というところで、不意に後ろから姉さんの声がした。
「姉さん。砂で城を作ってたんだ」
"昔みたいに"
にっこりと笑いながらそういう僕を姉さんはふわりと抱きしめた。

「姉さん?」
急に抱きしめられ、困惑しながらもそっと姉さんの体に腕を伸ばす。
こんな風に姉さんに抱きつくのは実に久しぶりで、仄かに香る甘い匂いがひどく懐かしく感じた。
昔はもっと大きな物のように感じていた姉さんの体は、思っていたよりもずいぶん華奢で、
女性特有の柔らかくしなやかで心地よいものだった。

「・・・周助、おっきくなったね」
「何? いきなり・・・」
どちらともなくクスクスと笑いあう。


姉さんの長い髪が風と踊る。
どのくらいそうしていただろう。
実際、時間にしてみればほんの数分だろうけど、僕はソレがひどく長い時間に思えた。


「ねぇ、周助?」
僕を抱きしめたまま口を開く姉さん。
「なに?」
「周助は、景くんのどこが好き?」
不意にそう聞かれ、僕はびっくりして姉さんの顔をみる。
間近で見た姉さんの表情はとても穏やかで、優しいものだった。


「どこ・・・かはわからない」
そんな姉さんの表情をみて、僕はぽつりぽつりと口を開く。
「ただ、僕は景吾が好きなんだ。オレ様な所も、ちょっと無茶なところも。
優しいところも強いところも全部好き。理屈じゃないんだよ」
はっきりとそう答えると、姉さんは一瞬びっくりした顔をした。
そして、クスクスと楽しそうに笑った。

「えっ・・・なに?」
"なんかヘンなこと言った?"
どうして姉さんが笑っているのかわからず、困惑する僕。
そんな僕をよそ目に姉さんはずっと笑っていた。


「なんで由美姉笑ってんだ?」
僕の横に来た景吾が不思議そうに僕に聞いてくる。
「僕にも、なぜだかわからないんだ」
困ったように笑う僕に、景吾は呆れた顔で"なんだそれ"と言った。



ひとしきり笑った姉さんは、すっと僕から離れ海を見る。
そして、背中越しに僕と景吾を呼んだ。
「周助、景くん。今日はありがとう。特に景くんは、キツイこと言ってごめんね。
でも、今日2人とココにこれてよかった」
"2人の気持ち、聞けたし"
クスクスと笑う姉さんに、僕と景吾はお互い顔を見合わせた。
「どうしたの・・?」
たまらずそう声をかける僕に、姉さんはくるっと踵をかえして僕らになおる。
そして、にっこりと微笑んで見せた。
「2人は大丈夫ね。ちゃんとつながってるもの。」
"ココで"
そういって、姉さんは僕と景吾の胸の中心・・・ココロを指した。

「・・・?」
姉さんの言ってる意味がわからず、僕も景吾も首を傾げる。
「ホントはね、ちょっとイジワルしたかったの。」
"2人に"

少し寂しそうな笑顔を見せながら、由美子姉さんが続ける。
「裕太が出て行っちゃって、周助は景くんとべったりじゃない?
わたしとしては、やっぱり少し寂しかったの。」
くるっとまた体を反転させ、海の方をみやる。
「だからね、ちょっとイジワルしたくなっちゃったの」


後ろを向いているため、姉さんの表情は分からないけれど。
きっと泣きそうな顔をしてるんじゃないか、ってそう思った。
次の瞬間、僕は姉さんに抱きついていた。


「・・・ごめんね、姉さん」
"独りにしちゃって"
背中越しにそういうと、姉さんは首を横に振りながら僕の腕をゆるく解いた。
「抱きつく相手が違うわ、周助。景くんは、周助が思っている以上にあなたの事を
想ってくれているわ。今日、景くんと話して私はそう思った」
少し上向き加減にそう言うと姉さんはすたすたと歩き出した。

「風が冷たくなってきたわね、帰りましょう」
そういって、車に戻ろうとする姉さん。
「えっ・・・ちょっ・・・」
「・・・由美姉が周を大切に想ってるのはちゃんと理解わかってる。」

今まで黙って僕たちのやりとりを見ていた景吾が不意に声をあげる。
凛として、それでいてずっしりと心に直接響くような声で。

「だけど、オレは周を愛する気持ちだけは誰にも負けるわけにはいかねえ。でも、こいつももちろん
オレも由美姉のことだって大切だし大好きだ。オレ達のたった一人の姉なんだから。
だから、由美姉が遠慮する必要なんてないんだ」
"オレ達は家族・・・だろ?"
景吾のその言葉に姉さんが一瞬上を向いたけど、すぐに前を見据えた。

「そうね、景くんの言う通りだわ。だって私は2人の姉ですもの」
"無茶をする弟3人の面倒をみないといけないんだものね"

そういって笑った姉さんの顔は今日の青空のように晴れ渡っていた。

他の誰でもない、貴女だから。
僕たちをいつも心配そうに見守っていてくれるあなただから。
僕は・・・僕たちは。
貴女にだけは、祝福されたいんだ。





Fin.