017.雨の雫





冷たい、冷たい夜の闇。
それよりさらに冷たい、周の身体。
オレは力いっぱい抱きしめていた―――・・・。



その日も、いつものように周はオレの家に来ていた。
2人で楽しい幸せな時間ときを過ごしてた・・・ハズだった。
だけど、つまらない事でケンカになって、周はオレの家から飛び出していった。
「くそっ・・・なんなんだよ・・・。」
オレの口からついて出た言葉は、そのまま空気に消えていった。
ドカっとベッドに座ると、そのままゴロンと後ろに倒れた。
ギシっとスプリングが軋む音が部屋に響く。
オレは部屋を見回してみた。
異様に広く感じる部屋。
いつもは周の笑顔が絶えない部屋。
オレの中で、あいつの存在はどれだけ大きいものになっていたのかを改めて実感した。
「周・・・・・・」
オレは周の匂いのするベッドで、そのまま深い眠りについた―――・・・。



―――吾!助けてっ!!景吾ぉ―――・・・っ!!
「周っ!?」
がばっ・・・と飛び起きる。
そこは、いつもと変わらない自分の部屋。
今のはたんなる夢だろうか・・・それにしてはひどく胸騒ぎがする。
もしかして、周になにかあったのか―――・・・?
オレの頭に、そんな考えがよぎった瞬間。
けたたましい着信音が部屋中に響いた。
ディスプレイには、"周"の文字が表示されていた。
「・・・周!?」
オレは、慌てて電話に出た。
「・・・・・・。」
しかし、返事はない。
怒っているのだろうか・・・?
「周・・・?」
もう一度呼んでみた。
すると、電話の向こうからかすかに声が聞こえた。
その言葉にオレは愕然とした。
『いやっ! やめ・・・っ! やだっ・・・いやぁ―――・・・っ!!』
「なっ・・・!?」
それは明らかに周の声だった。
助けを求める周の声。
恐怖と嫌悪が入り混じった悲痛な叫び。
「周っ!? おいっ!周っ!!」
気がつくと、オレは携帯を握り締めて外に飛び出していた。
外は、静かな雨が降っていた。





オレは走った。
あてもなく、ただがむしゃらに走り続けた。
今もどこかでオレの助けを待っている周の為に。


冷たい雨が全身を打ちつけ、額や首筋には雨で濡れた髪が張り付いていた。
少し気持ち悪かったが、そんなことは気にせずオレはただ周を探して街を走り回っていた。


いったい、どれくらい走ったのだろう。
気がつくと、廃れた廃ビルが1つだけ建っている暗い道にいた。
外灯はなく、人家もない。だたあるのは廃ビルのみ。
「周・・・どこにいるんだよ・・・」
ふっと、手に持っていた携帯が目に入った。
携帯の時計はすでに夜の11時を指していた。
しばらくそれを眺めていた。
そして、"もしかしたら、コレでわかるかもしれない"そう思った。
オレは、リダイヤルボタンをおした。
受話器からは、プルルル・・・という呼び出し音が聞こえていた。
その時だった。
近くの廃ビルで、聞きなれた着信音が響いていた。
オレはたまたまかと思い、一度電話を切った。
すると、廃ビルの音も止まった。
もう一度かけてみた。やはり、廃ビルから音が聞こえてくる。
間違いない。
あれは周の携帯だ。
そう確信したオレは、急いで廃ビルへと入っていった。



廃ビルの中は真っ暗だった。
わかるのは打ちっぱなしのコンクリートの壁と床。
塵とホコリの入り混じった匂いだけだった。
このビルはもともとマンションだったらしく、部屋数は計り知れないくらいあった。
それでもオレはこの中に周がいると信じ、探すことにした。
携帯を鳴らしても音が反響していてどこで鳴っているのか判別出来ず、オレはひと部屋ひと部屋確認していくしかなかった。



何が出てくるかわからない、不気味な気配を漂わせている廃ビルの中を出来るだけ静かに歩く。
順番にそっとドアを開け、中に入る。
目を凝らし、見落としのないようにしっかりと部屋の中を見る。
しかし、どこにも周の姿はない。


順番に進み、1階で残るのはあとひと部屋。
一番奥の部屋だった。
重い扉を開けると、ギィイ・・・っという嫌な音が響いた。
中は真っ暗で、何も見えない。
ただ、部屋に入ってすぐのところに所々ガラスが割れている窓があった。
オレは、恐る恐る中に入った。
すると、部屋の真ん中で何かが光っていた。
「・・・・・・?」
それは、携帯だった。
周の携帯だった。

"間違いなく周はココにいる"

オレは力の限り叫んだ。
「周ッ! どこだっ!? 周―――っ!!」
すると、部屋の奥で何かが動いた。
「しゅ・・・周・・・?」
「け・・・・・・ご・・・・・・?」
部屋の奥から声がした。
とても小さな弱々しい声ではあったが、間違いなく周の声だった。
「周!! よかった・・・」
無事だったんだな、とオレが近づこうと動いたその瞬間。
「いやっ! 来ないでっ!!」
周の叫び声が部屋の中に響いた。

「周・・・?」
「お願い・・・来ないで・・・。僕を見ないでぇ―――・・・」
いつの間にあがったのか、さっきまで激しく降り注いでいた雨はすっかりやんでいた。
窓の外には綺麗な月が出ていた。
その月明かりが部屋に差し込んできた。
それまで暗闇だった部屋が明るくなる。
「・・・・・・っ!?」
月明かりで、オレはやっと周の姿を確認できた。
と同時に、言葉を失った。
「や・・・見ないで・・・」
そこに映し出されたのは、傷だらけの周だった。
手首には、縄の痕がくっきりと残り、殴られたのだろう。口の端は切れ、血が出ていた。
頬も少し青くなっていた。
そして―――・・・周はなにも着ていなかった。
白く美しいキメ細やかな肢体を自分で抱きしめながら震えていた。
首から胸、ヘソのあたりにまで残る赤い鬱血。
肌が白いだけによけいに目立つ。
そして何より、股の辺りで鈍色に光る液体モノが、周の身に何が起こったのかを物語っていた。
「け・・・ご・・・」
「周・・・っ!」
オレは、周の元へ駆け寄り抱きしめた。


「や・・・はなして―――・・・っ!」
腕の中で周が暴れる。
それでもオレは離さなかった。
「周・・・落ち着け・・・」
「や・・・お願い・・・」
だんだん声が震えていく。
「離さない、絶対に。」
「はなしてぇ・・・景吾が汚れちゃう・・・」
周は暴れるのをやめて、下を向く。
「なんだと・・・?」
「・・・だって・・・僕がキタナイから・・・」
周の頬を一筋の涙が流れた・
「ごめ・・・さい・・・。景吾・・・ごめ・・・っ。僕・・・僕・・・」
「周・・・」
うっ・・・と嗚咽を漏らしながらも、周は必死で泣くのを堪えていた。
「周・・・我慢するな。泣きたいときは泣け。」
「け・・・ごぉ・・・。」
カタカタと震えながら、縋るようにオレの腕を掴みながら。
それでも、周は泣こうとはしなかった。
それどころか、自分を責めるようにただひたすら謝っていた。

オレは、腕の力を弱め周の背中を優しく撫でる。
「ふ・・・う・・・」
何度も何度も、優しく撫でる。
周が落ち着くまでひたすらに。
そして、頃合を見計らってオレは周を、ふわっと真綿で包み込むように抱きしめる。
そして、一言。
「周・・・愛してる」
と、囁いた。
痛々しく弱っている周に、オレが掛けられる言葉はそれだけだった。
「・・・・・・っ!!」
その言葉を受けて、周の目からは大粒の涙が溢れた。
後から後から、とめどなく流れ落ちる涙。
オレは静かにそれを受け止めながらもう一度低く囁いた。

「愛してる・・・愛してるよ、周」
「うっ・・・あぁ・・・あぁぁ―――・・・っ!!」



周は泣いた。
声を上げて泣いた。
ひたすら泣いていた。
オレは、泣きじゃくる周を抱きしめてやることしか出来なかった。



冷たい、冷たい夜の闇。
それよりさらに冷たい、周の身体。
オレは力いっぱい抱きしめていた―――・・・





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