095.保健室





いつでもお前を見ているから。
いつでもお前を想っているから。
だからオレは気付いてやれる。
微笑みの下に隠してしまう、本当のお前を。
どんなに小さな光(シグナル)でも、
どんなに儚い信号(サイン)でも、
オレがちゃんと見ていてやるさ。
だから―――・・・

「危ないっ!!」
そんな声とほぼ同時に、どどどっという声が聞こえた。
「あちゃー・・・。ありゃ誰か落ちたな」
"階段から"
ピョンピョンと飛び跳ねながら岳人が言う。
「ほんまやなぁ。青学レギュラーちゃうやろなぁ」
そんな岳人の言葉に独特のアクセントで返すのは、岳人とダブルスを組んでいる忍足。


今日は久しぶりに青学のヤツらと交流試合を行う為、オレ達氷帝レギュラーは青学まで
遠征に来ていた。


「うっせーよ。おら、さっさと行くぞ」
あごで正面玄関を差しながら、歩き出す。
「はいはい」
少し不機嫌な声を漏らしながらも、ぞろぞろとオレの後をついてくる。
「しっかし・・・どこのマヌケが落ちたのや・・・っ!?」
正面玄関を入り黒山の人だかりを掻き分け、階段から落ちるようなマヌケなヤツの面でも
拝んでやろうとそいつを見る。

しかし、そこにいたのは・・・


「不二っ! 大丈夫かっ!?」
「ふじぃ〜っ!?」
「不二子ちゃんっ!」
「不二先輩っ!」


―――本気マジかよ・・・。



青学テニス部3年の天才・不二周助だった。

「いたた・・・君、大丈夫?」
階段から落ちた周の腕の中には小柄な女がいた。
まぁ、間違いなくコイツを助けようとしたんだな。
「あっ・・・はいッ! すいませんっ・・・不二先輩っ!!」

女が慌てて飛び起きる。
続いて周も立ち上がった。

その時。

「・・・っ」

一瞬ではあったが、周の表情が変わった。

「不二、大丈夫なのか?」
「あぁ、心配ないよ。手塚」
手塚に話しかけられた瞬間、表情はいつもと変わらぬモノになっていた。

オレの見間違いか、と思った次の瞬間。

「不二ぃ〜。本当に大丈夫にゃの?」
周より幾分か身長の高い菊丸が、がばっと周に抱きつく。
「わっ・・・とと。英二、危ないよ」
バランスを崩され、こけそうなのをとっさに右足でふんばり立て直す周。
その時、また一瞬表情が強張った。
しかし、すぐいつもの微笑みに戻る。
そのせいか、他のヤツらは気付かなかったらしい。


―――右足アレか。


ちらっと、周の右足を見やる。
そして、オレは持ってきていたタオルを鞄から取り出し、宍戸に渡す。
「なんだよ、コレ。」
「ぬらして来い」
くいっと、水道を差す。
「はぁっ!?」
"なんだよ、いきなり・・・"
納得がいかない、という風の宍戸をオレはちらっと横目で見やる。
「急ぐんだ、早く行け」
"お前が一番、足速いんだ"
そう言うと、ブツブツと文句をいいながらもタオルを受け取り、水道の方へと走って行く。
宍戸を見送ってから、オレは周に近づく。
周は、未だ助けた女にお礼を言われていた。


「本当にありがとうございました」
「今度からは気をつけてね」

にっこりと微笑わらう周に、最後にもう一度ペコっと挨拶すると、その女はオレの横を通り、
立ち去ろうとする。

「・・・」
「・・・えっ」

オレの横を通った時、咄嗟にそいつの腕をつかんで足止めさせる。

「跡部っ?」

周りもざわめく。

「跡部ェ、それナンパ?」

菊丸が茶化してくるが、無視を決め込んだ。

「・・・その、離してあげて」

そんな中、周が睨みながら言う。

「・・・」
「・・・跡部」

「・・・」
「・・・景吾」
「・・・っ」

人前で名前なんて絶対呼ばない周が、名前で呼んだ。
それが何を意味するか、オレは瞬時に察した。

ぱっと、女の手を離し呆れた顔で周を見やる。

「・・・たく。なんだってお前はそう強情なんだ」
はぁ。っと、盛大なため息をつく。
「悪かったね、そういう性分なんだよ」
にこっと笑う周。

「しょうがねぇなぁ」
周をひょいっと抱きかかえる。
いわゆる"お姫さまダッコ"というヤツだ。
「わっ・・・ちょっ! 景っ・・・!?」
さすがに恥ずかしいのかじたばたともがく。
そんな周を落とさないようにしっかりと抱え直すと、右足に響かないように静かに階段に
座らせる。

「おいっ、跡部」
そこに、宍戸がタオルを持って帰ってきた。
「あぁ」
それを受け取り、周の右足を取り靴と靴下を脱がせた。

「ちょ・・・景・・・っ!?」

抵抗する周の手をよけつつ、右足首にタオルを巻く。

「・・・痛ぇんだろ。無理するな」
「・・・っ!?」

周だけでなく、周りの連中までもばっと驚いた表情になった。

「不二、足痛かったんか?」
忍足が静かに問う。
「あ・・・いや・・・」
「ウソつけ。あんな顔しといて」
口篭もる周の変わりに答える。

そしてきゅっとタオルを巻くと、また周をひょいっと抱きかかえた。

「ここじゃ、応急処置しかしてやれねぇから」
"保健室行くぞ"
と立ち上がる。

「・・・さすが景吾。気付いてたんだね」
抵抗することも止め、大人しくされるがままになっていた周がボソっと呟く。
「ふっ・・・ったりめーだろ。オレが気付かねぇとでも思ってたのかよ」
"ほら、もう行くぞ"

そういうと、周は落ちないようにオレの首に腕を回した。

そして、オレの耳元で
「・・・ありがとう」
"気付いてくれて"

ぎゅっと、オレの首に抱きつく周。

「あぁ・・・」

それだけ言うと、俺は歩き出した。
保健室に向って。



いつでもお前を見ているから。
いつでもお前を想っているから。
だからオレは気付いてやれる。
微笑みの下に隠してしまう、本当のお前を。
どんなに小さなシグナルでも、
どんなに儚い信号サインでも、
オレがちゃんと見ていてやるさ。
だからせめて。
オレの前でだけは、意地を張らずに
本当のお前を見せてくれ―――・・・


《余談》
「・・・ってゆーか、不二痛そうな顔なんてしてた?」
「いや・・・わからなかったけど・・・」
「跡部サンって何者っスか?」
「そんなんオレ達に聞かんといてや・・・」

不二ヒメのSOSを唯一感知できた跡部ナイトは"バケモノだ"という噂が、
しばらくの間、青学と氷帝で流れたとか・・・





Fin.