057.痕





憂鬱だった梅雨もようやく明け、季節は待ちに待った夏本番。
容赦ない太陽の照りつけにアスファルトは熱しあがり、今すぐにでもプールに
飛び込みたくなるような気温。
そんな中、授業の終わりを告げるチャイムとほぼ同時に立ち上がったのは、青学きっての
アクロバットプレイヤー・菊丸英二。
「よっし、次はプールだぁ!」
勢いよく立ち上がり、机の横に掛けてあったプール道具を手に取るとそのまま横の席に座る
親友に声をかける。
「不二ッ!プール、プ〜ル〜ッ!」
きらきらと眼を輝かせてそういう菊丸に、不二はクスっと笑いをこぼすと自分も机の横に
掛けてあったプール道具を手に持ち、すっと立ち上がった。
そして、クスクスと笑いながらも菊丸の横にたつ。
菊丸よりも幾分か背の低い不二はすこし見上げるようにして菊丸の顔をみやる。
「英二はホント、元気だね」
そう言ってにっこりと笑ってみせた。


男子更衣室で友人達と談笑しながら水着に着替える不二と菊丸。
ふと菊丸が不二の方に眼をやると不二の首筋に赤い鬱血が見えた。
"もしかして"と思い、菊丸が不二に知らせようとしたその時。
「あれ、不二。ココ怪我してるのか?」
"赤くなってる"
菊丸の横にいた友達が声を発する方が一歩早く、すっと不二の首筋についたそれに触れた。
瞬間、びくっと不二の身体が跳ねた。
「えっ・・・!?」
びっくりしたような表情を浮かべる不二に、周りのみんなもどうしたのかとこちらを見ていた。
「不二・・?」
「・・・やられた・・・」
そんな周りをよそに、脱力したように項垂れながらそういう不二。
そして、鞄の中から携帯を取り出すとどこかに電話をかけ始めた。



一方。
「クックック・・・」
「なんやねん、跡部。急に笑いよってからに」
校内にあるカフェテラスで忍足とティータイムを楽しんでいた跡部が、急に笑い出した。
「いや・・・そろそろバレるころだと思ってな」
「はぁ? なんのこっちゃ・・・」
訳がわからない。といった風の忍足を尻目に跡部は実に楽しそうな顔をしていた。
と、そこに跡部の携帯が艶やかなメロディーを奏でだした。
「ほぉら、来た」



プルルルル、プルルルとコール音が何度か聞こえた次の瞬間。
『よぉ、どうした?』
まるで何もなかったかのように電話に出る相手に、不二は少し怒りを覚えた。
「どうした・・・じゃないでしょ?」
いつもより低めの不二の声に、周りにいた人たちは少し身を引いた。
『何、怒ってんだ?』
飽くまでシラを切ろうとする相手に不二はぷつんと自分の中で何かがキレるのを感じた。
「ふ・・・不二っ! 落ち着いて・・・ね?」
事情を知っている菊丸はなんとか必死に不二を止めようと試みた。
しかし菊丸の静止にも関わらず、不二は場所も考えずに怒鳴っていた。
「昨日アレほど痕はつけるなって言ったでしょ! なのになんでつけてるのサっ!!」
「不二〜ッ!!?」

不二のその発言に、更衣室の中は騒然とする。
"不二に恋人がッ!?"やら
"不二は経験済みなのかっ!"など
下世話な会話が飛び交っていた。

「不二ぃ〜・・・」
菊丸はどうしていいのかともう困り果てていた。



「お前、今日からプールだろ?」
目の前で電話を楽しむ跡部に、忍足は呆然としていた。
「他の男にお前の肌を見せたくねえからな」
"だからつけといた"
クックッと笑いながらそう言う跡部。
そんな跡部の会話に、周りの奴らも釘つけだった。



「バッカじゃないの!?」
『バカとはなんだ、失礼な。これもお前を想ってるからこそだろ?』
しれっとそう言う跡部に、不二はかるく眩暈を覚えた。

―――この男は・・・ッ。


いつも優しく自分を見守っていてくれるこの男は、しかし時に信じられないような行動を起こす。
『それだけお前を愛してるんだよ』
電話越しにしれっとそう言いはなった跡部の後ろで、生徒達の叫び声が響いている声が
聞こえる。


―――まったく、キミって人は・・・


そんな跡部の行動に、いつのまにか怒りも治まっていた不二はクスっと笑うと柔らかい微笑みを浮かべた。
「わかった。僕も愛してるよ。でも・・・」

しかし、次の瞬間には黒い笑みに変わり
「今日から最低1週間はおあずけだよ」
と、さらりと言ってのけたのだった。





Fin.