056.独り
SIDE.S
いつだって、僕は君をすぐ傍に感じてる。
街中の喧騒の中や、雑踏に紛れている時でも。
よく似た声が耳に入ってきたりすると、
無性に寂しくなるんだ。
だから、早く帰ってきて―――・・・
景吾がドイツへ行ってしまった。
氷帝学園恒例の姉妹校研修旅行だ。
全国でも有名な名門・氷帝学園はその名に相応しく、海外にいくつも姉妹校を持っている。
今年はその中のドイツへ研修旅行に行く事になった。
本来、この研修旅行は8月に行われるため生徒の自由参加なんだけど、景吾は生徒会長だからどうしてもついていかなくてはいけなかった。
「はぁ・・・暇だなぁ・・・」
景吾がいないのに景吾の家にいるわけにもいかない僕は、自分の家に戻ってきた。
しかし、家には誰もいなかった。
どうやら母さんと姉さんは父さんの所へいっているようだ。
裕太は寮だし・・・。
「何しよう・・・」
クラブの方も、1週間の夏休みに入ってしまい特にすることもなく、僕は時間を持て余していた。
今ごろ英二とかは夏休みの宿題を必死にやってるんだろうけど、僕は7月中に終わらせて
しまったため、本当に何もすることがない。
部屋の片付けは・・・家に帰らないからほとんどちらかっていないし。
“散歩でもいこうかな”
そう思い、僕は家を出た。
街中をぶらぶらと歩いていく。
外は夏の日差しにも負けないくらいの熱いカップルが多数いた。
そんな中、僕は1人で街を彷徨っていた。
僕を見て騒ぐ女の子達。
僕が通ると振り返る男達。
少し周りの視線が気になるけど、外はとても気持ちが良かった。
―――周。
「・・・っ!?」
一瞬、景吾の声が聞こえた。
僕は慌てて周りを探す。
しかし、景吾はどこにもいない。
「・・・空耳・・・」
そう呟くと、僕はまた歩き出した。
あてもなく、ただぶらぶらと。
いいかげん陽も傾いてきたから、僕は夕食の買い物をして家に帰った。
1人分の夕食を作り、ダイニングに並べる。
今日は景吾の好きなローストビーフを作ってみた。
「うん! おいしそうっ!」
僕は自分で作ったローストビーフをみてそう言った。
「おいしそう・・・だケド・・・」
僕はその一切れをつまむと口へ運んだ。
口へ入れると、ガーリックの匂いが口全体に広がり、とてもおいしかった。
味は最高なんだけど・・・すごく満足のいく味なんだけど・・・なんか、おいしくない。
「はぁ・・・。なんか・・・いらない・・・」
そう呟くと僕は夕食を片付け、部屋に戻った。
ベッドに寝転がり、小さいときに景吾からもらったクマのぬいぐるみを抱きしめていた。
「景吾・・・」
僕の口から自然に出たその言葉は、そのまま空気に溶けていった。
どんなに呼んでも返事のない悲しさ。
どんなに求めても帰ってこない空しさ。
どんなに望んでも近くにはいない彼。
「景吾ぉ・・・」
うっ・・・と嗚咽を漏らすと僕は涙を流していた。
寂しくて、悲しくて、心細くて・・・。
僕は静かに泣いていた。
景吾を求めて泣いていた・・・。
いつだって、僕は君をすぐ傍に感じてる。
街中の喧騒の中や、雑踏にまぎれている時でも。
よく似た声が耳に入ってきたりすると、
無性に寂しくなるんだ。
だから、早く帰ってきて。
僕の傍に―――・・・
Fin.
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