037.バスタイム





フワフワした泡に、鼻を擽る石鹸の香り。
少しエコーのかかる自分の声と、ともに聞こえるシャワーの音。
温かいお湯に身体を浸すと、疲れも取れる最高の時間。
両手足を伸ばしてもまだ余裕のある浴槽に肩までどっぷりと浸かり、一時のリラクゼーションを
楽しむ。


「はぁ〜・・・気持ちイイ・・」
少し爺むさいセリフだと、自笑を漏らしながら泡を掬う。
ふっと息を吹きかけると飛び散るシャボン玉の中に見えるのは綺麗な七色の虹。
と、人の足。


―――ん?


じっとそれを見てみると、自分よりは幾分か焼けたそれでも一般的には"白い"と称されるで
あろう人の足。
それから徐々に腰に巻かれたタオルが見え、綺麗に割れた腹筋に胸筋。
一見華奢に見られがちなその身体は、幼い頃から鍛え上げられ無駄な肉はほとんどないほどに
引き締まっている。
そしてそのまま視線を上に上げ、僕の楽しみな時間を邪魔しに来た人物の顔を見やりにっこりと
笑う。


「・・・ナニしてるの?」
「オレも入る」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、景吾は僕の返事も待たずに浴槽の中に進入してくる。
「ちょっ・・・もう」
"しょうがないなぁ"と少し文句をいいながら、それでも景吾がゆったりと座れるように
横による。


「あ〜・・・疲れた・・・」
浴槽の淵に後頭部をのせ、目を瞑ったまま上を向く景吾。
「今日の練習もハードだったの?」
「あぁ・・・それに無駄に元気なヤツらの相手もしたからな」
はぁ・・・と疲れを癒す景吾の肩に手を掛け、そっとその頬に自分の唇を寄せる。
「お疲れ様、跡部部長」
「寄せよ、こんな所でまで"部長"したくねぇよ」
"冗談じゃねぇ"
そういう景吾に僕はクスクスと笑いを漏らすと、景吾の前にまわりその首に自分の腕を絡めた。
「じゃぁ、こうする」
"お疲れ様、景吾"
景吾の上にのっかる形で抱きつくと、景吾がびっくりした顔をこちらに向けた。
「なんだよ、今日はえらくサービスがいいな」
クックッと喉を鳴らして笑う景吾に、僕はすっと腕の力を抜き景吾の額に自分のそれを合わせ、
景吾の顔を覗き込む。
「たまには・・・ね」
クスクスと笑うと、景吾も楽しそうな顔をし僕の頭をポンポンと撫でる。
「サンキュ、周」
「どういたしまして」
"じゃぁ、僕は先に上がるね"
そう言っておフロからあがろうと立ち上がった僕の腕をつかむと、景吾は勢いよくその腕を
引いた。
いきなりの事にバランスを崩した僕は、景吾の膝に座るような形で倒れこみ、腕を引いた本人で
ある景吾の強い腕に抱きとめられた。
「あっ・・・ぶないなぁ・・・」
驚きを隠せない僕は景吾の膝に横乗りになったまま抗議の声を上げる。
すると、景吾は左手で逃げ道をなくすかのように僕の肩に手を回す。
そして、右手で僕の頬を撫でるとそのまま僕の唇に自分のそれを重ねた。
「ちょっ・・・ん・・・」


始めは触れるだけの優しいキス。
角度を変え啄ばむように楽しむ。
そして、薄く口を開くと舌先で僕の歯をつつく。
少し開いた隙間から舌を差し込むと、僕の舌を絡め取る。


「う・・んん・・・」


意志をもって動くそれに翻弄されながらも、僕も応戦する。
舌先を掠め、絡め、吸い付く。
お互いに互いの口内を蹂躙していく。


「ふっ・・・はぁ・・・」
「はぁ・・・」


唇が離れた頃には、2人とも息が上がっていた。
「もう・・・ナニ?急に・・・」
ぷくっと膨れた顔で景吾を見やると、景吾は少しむくれた顔でこちらを見ていた。
「お前が先に煽ったんだろーが」
そういって顔をそむける景吾に、僕は呆れた顔をする。
「・・・疲れてるんじゃなかったの?」
「オレはまだ若いんだよっ!」
僕の言葉に景吾は苦々しい面持ちでそう叫ぶ。
そんな景吾がかわいくて、自然に頬が緩む。
「まったく、キミって人は・・」
臨戦体制に入っている景吾の腕からするりと抜け出すと、さっと浴槽からあがる。
「周・・・?」
訝し気な表情浮かべる景吾に、すっと視線を流す。
少し眼を細め、誘うように口を開く。
「ベッドで待っててあげるから、早くキテね?」
「・・・ッ!!!」
それだけ言うと、僕はバスから出て、脱衣所でとりあえずバスローブを羽織る。


―――コレ、きっとすぐ意味なくなるんだろうなぁ


そんなことを思いながら、寝室へと足を運びベッドに横になる。
僕から誘ったのは久しぶりで、実は少し鼓動が早い。
ごろんと、あお向けになり瞼の少し上、額との境目あたりに腕をおき目を瞑る。


遠くにシャワーの音が聞こえる。
一定のテンポで流れる水の音に、次第に瞼が重くなりウトウトとし始めていた。



危うく寝てしまいかけていた所に、ふと人の気配を感じた。
目を開き、気配の方へと視線を向けると、扉のところに景吾が立っていた。
「クス。早かったね、景吾・・・」
景吾も僕同様にバスローブを羽織るだけの格好だった。
「うるせぇよ」
それだけ言うと、景吾はぎしっとスプリングを軋ませてベッドにあがる。
そして、そっとベッドに身体を倒すと僕の頭の下に自分の腕を差し入れる。
「景吾・・・?」
「疲れてるんだろ、ムリするな」
そう言って、きゅっと僕を抱きしめる。
「・・・ありがとう」
そっと景吾の腰に腕を回し、そう呟く僕を覗き込むように景吾は視線を合わせてきた。
「いいさ、週末がんばってもらうから」
「えっ!?」
クックッと喉を鳴らして笑う景吾に、僕もクスクスと笑いがこぼれる。
「そうだね、今日の分もしっかりとご奉仕してあげるよ」
「おう、楽しみにしてるぜ」


そうして、僕は夢の世界へと旅立つ。
力いっぱい君を抱きしめて。
寝ている間に、君が逃げないように。
いなくならないように。
奪われないように。
しっかりとその身体を抱きしめて眠る。
抱きしめた景吾の身体からは、仄かに石鹸の香りがしていた。





Fin.