シャクシャクと言う聞き慣れない音が耳につき、オレは目を開けた。
『Snow Love』
ぼんやりと見上げた天井は、もうすっかり見慣れたアイツの部屋。
闇が支配する静寂の中、何も身に付けず生まれたままの姿を曝したベッドの上で、
オレは隣に人の気配がないことに気がついた。
「侑士・・・?」
寝起きな上、散々鳴かされた喉は微かな音を紡ぎ出すのがやっとだったが、
それでもいつもならすぐに返ってくる返事が、今日はなかった。
―――ありえない
そう思いつつもえも言われぬ不安に駆られたオレは、かけられていた毛布をひっつかみ
ベッドから降りる。
12月も残すところあと僅かなこの時期、人気のない部屋は身体の芯から冷える。
包まるように毛布を身体に巻きつけ、オレは寝室を後にした。
寝室からリビングに抜け、風呂とトイレを覗いてみたが侑士はどこにもいなかった。
再度リビングへと戻り、どかりとソファーに腰を下ろす。
「どこ行ったんだよ、こんな時間に・・」
壁に掛けられた時計を見やりながら、そう一人ごちる。
時計は夜中の2時を少し過ぎた辺りを指していた。
「・・侑士・・」
自分が寝ている間に何か大変なコトが起きたのだろうか、とオレの不安は募るばかりだった。
その時。
しゃく・・
しゃくしゃく・・
あの音が聞こえてきた。
「どこだ・・・?」
耳をそばだて、音の出所を探る。
すると、どうやらこの音はベランダからしているようだった。
『強盗』
脳裏を掠めた単語に、オレの背筋が凍る。
――なんで、こんな時にいないんだよ・・ッ
心の中でそう文句を言いながら、オレはソファーから腰を上げた。
急ぎ寝室に向かいベッドの側に脱ぎっぱなしになっていた服を拾った。
しっかり服を着込んでからリビングに戻り、部屋の隅に置き去りにされていた
スクールバッグからラケットを取り出し、そろりとベランダに近寄る。
そして、カーテンの隙間からそっと外の様子を伺い見た。
窓の外では、白い結晶がひらりひらりと舞い踊っていた。
そんな中、ベランダの隅っこにしゃがみ込み、なにやら怪しい動きをしている男が一人。
肩に流れる烏の濡れ場の色の様な髪に、服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた身体。
それは、先程まで必死に探していた男の背中だった。
白い息を吐きながら、手元で白い固まりを転がしている背中が侑士だと認識した瞬間、
張り詰めていたものがプツリと切れた。
カタリとラケットを床に落とし、ゆらゆらと揺れる視界の中でオレは勢いよく扉を開けると、
裸足なのも気にせず目の前の背中に飛び付いた。
「うわ・・・ッ!?」
いきなり後ろから突進され、侑士の身体がつんのめる。
顔面強打はかろうじて免れた侑士が、立ち上がりながら慌てて後ろを見やる。
「びっくりしたぁ・・景ちゃん、もう起きたん?」
背中にひっつくオレを確認した侑士が、ふわりと笑いながらそう囁く。
甘く響くテノールに、オレはさらに腕に力を篭める。
ぎゅうぎゅうと締め付けるオレの頭をポンポンと撫で、侑士はさらに紡ぐ。
「隣におれへんかったから、不安にさせてしもたんやね。ごめんな」
頬を緩ませながら、嬉しそうにオレの頭を撫で続ける。
子供をあやす様な仕種に、オレはムッと顔をしかめながら更に腕に力を篭めた。
「いたた・・ちょっ、苦しいて景ちゃん」
ギブッギブッと開放を求める侑士に、オレも自然と頬が緩む。
そっと腕を離してやると、侑士はくるりと踵を返しオレを正面から抱きしめる。
侑士の胸にぴったりと頬を寄せながら、全身に感じる温もりに幸せを噛み締める。
そして、ふと自分が裸足だったコトに気がついた。
「足・・・痛い」
ボソりと呟いた言葉を正確に聞き取った侑士がオレの足元を見やり、顔色を変えた。
「ちょっ・・何やってんの、景ちゃんッ!」
言い終わるより早く、オレの身体がフワリと宙に浮いた。
所謂、お姫様だっこをされた状態でオレは部屋の中へと運ばれる。
リビングのソファーの上にそっと降ろされたオレの足を、侑士の大きな手がすっぽりと覆う。
そこに、はぁ〜・・と息を吹き掛けながら、侑士が苦虫を潰したかのような顔で笑う。
「もう・・こんな無茶して。凍傷にでもなったらどうすんの?」
こしこしとオレの足を擦りながら、侑士の顔を真剣なものになる。
「テニス、出来へんなるで? 下手したら切断せなアカンなんねんで?」
それは言い過ぎだろ、と思いつつも真剣な眼差しにオレは言葉を紡ぐ。
「景ちゃん、テニス大好きやろ? せやったらもっと自分の身体大事にしたらなアカンやん」
声を張り上げるでも、トーンを下げるでもなく、ただただ諭すように紡がれる言葉に、
オレは自然と視線を下げる。
「・・・ごめん」
素直にそう言うと、侑士は大分温もりを取り戻したオレの足をそっと床に置いた。
「オレは怒ってるんちゃうで? ただ−・・・」
「わかってる。心配、してくれたんだよな」
侑士の言葉を遮るようにそう言ったオレに、侑士はフワリと笑いかけてくれた。
「うん。でも先に心配かけたんはオレやったな。ゴメンな、景ちゃん」
オレの隣に腰を降ろし、肩を抱き寄せる侑士に身を任せながら、オレはそっと侑士の肩に
頭を預け目を閉じる。
閉ざされた視界の中に、聞こえるのは
侑士の鼓動と吐息。
世界にオレ達2人しかいないような、そんな感覚の中で、オレはフとあるコトを思い出した。
「さっき・・・」
閉じていた目を開き、頭をもたげる。
「うん?」
「さっき・・ベランダで何してたんだ?」
すい、と視線をベランダへと滑らせながらオレが問う。
「あぁ、せやった」
すると、侑士はそう言いながらベランダへと向かう。
「侑士?」
オレも侑士の後を追う。
今度は外には出ず、部屋の中から様子を見やる。
侑士は相変わらずベランダの隅で何やらごそごそとしていた。
「よっしゃ、完成や」
よっこらしょ、とジジムサイ掛け声を掛けながら侑士が立ち上がる。
その足元には――・・・
「雪・・だるま?」
小さな可愛い雪だるまが2つ、寄り添うように作られていた。
「景ちゃんだるまと侑ちゃんだるまや」
子供の様に目を輝かせながらそう言う侑士に、くすりと笑いが漏れる。
「似とるやろ?」
言われ、もう一度雪だるまを見やる。
よく見ると、右側の雪だるまの右目の下に小さな窪みが、そして左側の雪だるまの
目の周りには丸く円が描かれていた。
「バカだろ・・お前」
オレ達2人の特徴をしっかり押さえたその雪だるまに、そんな雪だるまを夜中にせっせと
作っていた侑士に、自然と笑いが込み上げてくる。
それと同時に、胸が熱くなるのを感じた。
「ホント・・バカ」
「関西人にバカ言うたらアカンて言うてるのに・・・」
言いながら、侑士が部屋へと戻ってくる。
「まだ遅いし、もう1回寝よか」
そっとオレの肩に手を回し、寝室へと誘う。
「そうだな」
オレもそれに習い、歩き出す。
2人でベッドに潜り込み、抱き合うように身体を寄せ眠る。
窓の外で寄り添う雪だるまのように―――・・・
Fin.
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